レファレンス事例集

江戸東京博物館図書室のレファレンス事例集

 

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2018/03/29

江戸時代に「大食い大会」のようなものはあったか。(2017年)

(回答) 文化14(1817)年に両国柳橋の萬屋八郎兵衛方(万八楼)で大酒大食大会が開かれた記録があります。 (回答プロセス) それまでに大食い大会のようなものが全く無かったわけではなく、酒の飲み比べ、神事としての大酒・大食はあった。 【資料1】『図説江戸時代食生活事典 新装版』によると、万八楼での記録は『文化...

2018/03/29

歌舞伎俳優が『東海道四谷怪談』を上演する前に詣でるという、「お岩さん」を祀ってある神社仏閣はどこにあるか。(2017年)

(回答) 実際にお岩さんのモデルと言われる人物の墓は妙行寺にあり、明治2(1869)年に四谷から現在の場所(豊島区西巣鴨4-8-28)に移っています。その他、お岩さんにゆかりがあるとされる神社仏閣は、新宿区の陽運寺(左門町18)(備考※1参照)、新宿区の四谷於岩稲荷田宮神社(左門町17)(備考※2参照)、中央区の於岩稲荷田宮神...

2018/03/29

日本で最初に現在と同じような名刺が使われたのはいつか。(2017年)

(回答) 【資料1】『図説明治事物起源事典』、【資料2】『舶来事物起原事典』によると、現在と同じような洋式名刺が使われたのは、記録に残っているものとしては、万延元(1860)年、幕府の遣米使節が初めてではないかとされています。 (参考資料) 【資料1】『図説明治事物起源事典』湯本豪一/著 柏書房 1996年 ...

2018/03/29

江戸の大木戸跡はあるか。(2017年)

(回答) 現在確認できるのは、四谷大木戸跡(新宿区四谷四丁目交差点中央)と、高輪大木戸跡(港区高輪2-19-15)です。 (参考資料) 『東京史跡ガイド 3 港区史跡散歩』俵元昭/著 学生社 1992年 請求記号:2913 / 659 / 3 p.100 『東京史跡ガイド 4 新宿区史跡散歩』高橋庄介/著 學生社 1978年 請求記号:2913 /...

2018/03/29

江戸時代、参勤交代の時、他藩の領地をどのように通過したか。(2017年)

(回答) 『参勤交代(講談社現代新書)』【資料1】に、他藩領内の通行儀礼について詳しく記載されています。 通行する藩の行列は、「原則として前もって使者を派遣し領内通行を謝す。使者は、御供の歩行頭(かちがしら)か御膳番から選ばれた。」とあり、秋田藩士後藤理左衛門の「御徒頭(おかちがしら)勤中日記」に記録さ...

2017/11/15

いわゆる「寛政三美人」は “両国米沢町高島屋のおひさ”、“浅草随身門脇難波屋のおきた”の他もう一人は誰か。(2017年)

(回答) まず【資料1】『江戸東京学事典』を確認したところ、評判娘の項に「寛政の三美人とは、浅草随身門脇難波屋おきた、両国米沢町高島屋おひさ、芝神明前菊本のおはんの三人」とある。そこに参考文献として挙げられている【資料2】『繪本水茶屋風俗考』を確認すると『武江年表』(正編巻之七 斎藤月岑/著)を基に...

2017/06/29

東京都内で一番古い橋はどれか。(2017年)

現在も道路橋として使用されていることを前提とすれば、明治44(1911)年に現在の姿となった日本橋ということになるでしょう。しかし、車両が通らない橋も含むと、明治10(1877)年の常磐橋、明治11(1878)年の八幡橋(旧弾正橋)などがあります。   (回答プロセス) 【資料1】『東京人』 (2007.8)によると、常磐橋は明治10(18...

2017/06/29

赤穂義士の討ち入りに協力したとされる「俵星玄蕃」は実在の人物か。

「俵星玄蕃」は実在の人物ではありません。【資料1】『高札めぐり 両国歴史散歩』によると、忠臣蔵の美談の一編として文化年間(1804~17)のころに講釈師の大玄斎蕃格が創作したとされる人物です。その後、浪曲、講談、芝居等となって親しまれました。昭和39(1964)年には歌手の三波春夫が『元禄名槍譜俵星玄蕃』として玄...

2017/06/29

徳川家康の江戸開府より前、太田道灌の築いた江戸城は、着工から完成までどれくらいの期間かかったか。(2017年)

康正2(1456)年に着手、翌年、長禄元(1457)年に一応の完成をみたとされます。 (回答プロセス)  【資料1】『江戸城 将軍家の生活』によると「康正二(1456)年に着手し、翌長禄元年4月8日に一応の完成をみたといわれる。」【資料2】『江戸城 その歴史と構造』によると「城は築城開始の翌年、長禄元年(1457)4月8日に完成...

2017/06/29

「筑波山のガマの油売り」の口上について知りたい。(2017年)

ガマの油とは切り傷などに効くといわれた膏薬で、販売する際の刀を使った派手な実演や特徴的な口上で知られました。現在よく知られている「筑波山のガマの油売り」の口上は、【資料1】『江戸の大道芸人 庶民社会の共生』によると上方落語にルーツがあり、恐らく昭和初期に関東に伝わってから「筑波山のガマの油売り」と...

2017/05/23

明治時代の東京の活版発祥の地は築地と聞いたが、その活版印刷物にはどのようなものがあったか知りたい。(2017年)

以下の参考資料では、明治時代、築地に所在していた「東京築地活版製造所」や、「平野活版製造所」(回答プロセス参照)による印刷物について掲載されている。    【資料1】『「活字文明開化 本木昌造が築いた近代」図録 印刷博物館開館3周年記念企画展』 ※下記「図」とあるものは写真あり p.34図12(32)『花ノ栞』(明治...

2017/03/29

古文書の形態(紙質・折り方など)や様式を調べる本はあるか。(2016年)

文献史料のうち特定の差出者・受取者があるものを文書と言い、日記や文学作品等とは区別する。 以下の参考資料では、古文書を公式様(くしきよう)・公家様(くげよう)・武家様(ぶけよう)と時代と形式で大きく3つに分け、伝来のころから中世または近世まで、それぞれの形態や様式について書かれている。   (回答プ...

2016/09/27

江戸時代の居酒屋について。時代劇などに出てくる様子と比べてどうだったか。(2016年)

『ビジュアルで読み解くお江戸の意外な生活』(PHP研究所・2011年・p70・3821/338 /0011)には“江戸に居酒屋が誕生したのは享保年間(1716~36)のことだった。その発端は酒屋である”とあり、“椅子もテーブルもない。酒をつぐのは燗徳利ではなく土瓶を長くしたような「ちろり」だった”とある。「諸国道中金の草鞋」か...

2016/09/23

風船爆弾の製作工程が知りたい。(2016年)

(回答)  (1)和紙を漉く(2)こんにゃく糊で張り合せ原紙をつくる(3)なめし処理をする(4)裁断してパネルにする(5)パネルをこんにゃく糊でつなぎ合わせ球体にする(6)口管と座帯を取り付ける(7)空気を入れて膨らませる(8)ラッカーを塗り補強する(9)たたんで円筒形に整え発送する。以上がおおまかな作業工程です。 (回答プロ...

2016/09/23

真田信繁は、以前は真田幸村と言っていたと思うが、どちらが正しい名前なのか。(2016年)

(回答)  現存する史料によれば、正しい名前は「信繁」ということになります。「幸村」の名は寛文年間に成立した『難波戦記』に記されたのがはじめとされます。幸村と言う名を、どうして名付けたのかという理由は、当館蔵書では回答は見つかりませんでした。史実とは異なるとはいえ、幸村という名も歴史が古く人口に膾炙...