2015/06/08
平面図だとわかりませんが、1889年(明治22)刊『徳川盛世録』(市岡正一著。平凡社の東洋文庫より1989年復刻。請求記号2105/131/90)の「将軍宣下殿上規式の図」をみると、確かに段差があったことがうかがえます。図説江戸1『江戸城と将軍の暮らし』(平井聖監修。学習研究社より2000年刊。請求記号2105/1089/1)の「大広間の仕組みと機能」(伊東龍一著)には、“下段から、中段、上段へと順に七寸(約二一センチメートル)ずつ高くなっていた”とあり、「万延度本丸御殿大広間断面パース」(平井聖作図)が掲載されています。 (参考資料) 『徳川盛世録』(市岡正一著 1889年(明治22) 平凡社東洋文庫 1989年復刻 2105/131/90) 図説江戸1『江戸城と将軍の暮らし』(平井聖監修 学習研究社 2000年 2105/1089/1)
(備考)
「江戸城天下人の城」 http://www.library.metro.tokyo.jp/digital_library/collectionthe45/the44/tabid/3450/Default.aspx(都立図書館 http://www.library.metro.tokyo.jp/ ) (2015/5/14確認)
(レファレンス協同データベース版)http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000027826