質問
鹿鳴館はいつ開館し、いつ無くなったのか。現在、跡地はどうなっているか。
- 事例作成日:2019年7月1日
- 最終更新日:2025年2月17日
回答
『復元鹿鳴館・ニコライ堂・第一国立銀行 江戸東京博物館常設展示東京ゾーン「文明開化東京」』(【資料1】)によると、明治16年(1883)11月29日に開館。明治23年(1890)には宮内省に移管され、一部が華族会館となった。明治27年(1894)6月の地震での被災が契機となり華族会館に払い下げられて昭和2年(1927)まで利用された。その後は日本徴兵保険会社となり、昭和15年(1940)に解体されて67年間の生涯を終えた。跡地(千代田区内幸町1-1-7)には近年まで「鹿鳴館跡」というプレートがあった(備考※1)。詳しくは参考資料と備考リンク先をご参照ください。
| 参考資料 | 【資料1】『復元鹿鳴館・ニコライ堂・第一国立銀行 江戸東京博物館常設展示東京ゾーン「文明開化東京」』藤森照信/他著 東京都江戸東京博物館/監修 ユーシープランニング 2005年 請求記号:M3624/TO-3/103 p.12,24【資料2】『鹿鳴館 擬西洋化の世界』富田仁/著 白水社 1988年 請求記号:2106/129/88【資料3】『東京史跡ガイド 1 千代田区史跡散歩』岡部喜丸/著 学生社 2001年 請求記号:2913/659/1 p.104 |
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| キーワード | 鹿鳴館 史跡 |
| 備考 | ※1 東京都千代田区の観光情報 https://visit-chiyoda.tokyo/app/spot/detail/61 (最終アクセス日:2019年5月31日) |
| URL(転記用URL:レファ協DBへ移動) | https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000257925 |